日経クロストレンドと日経xTECHが共同で実施した「ディープラーニングビジネス活用アワード」の表彰式が10月10日に東京ビッグサイトで開かれた。審査員6人からは、受賞6プロジェクトに対して興味深い講評をもらった。全文掲載する。

「ディープラーニングビジネス活用アワード」の表彰式、6プロジェクトが表彰された(写真/山田愼二)
「ディープラーニングビジネス活用アワード」の表彰式、6プロジェクトが表彰された(写真/山田愼二)

 まず受賞企業を振り返っておきたい。大賞はキユーピーの食品加工で原料を検査する「AI食品原料検査装置」というプロジェクトである。優秀賞には楽天の自動翻訳プロジェクトである「Rakuten Translate」、荏原環境プラント(東京・大田)が進める「ごみ焼却プラント運転自動化プロジェクト」、水処理など流体向けAI分析のAnyTech(東京・文京)の「水質判定AI『DeepLiquid』」の3つが選ばれた。

 特別賞には、保育園向けIT(情報技術)サービスのユニファ(名古屋市)の「写真自動判定システムによる保育士の業務負荷軽減」、パッケージデザインのプラグ(東京・千代田)の「パッケージデザインの好意度スコアを予測するAIサービス」の2プロジェクトが選ばれている。以下、講評である。

■松尾豊・東京大学大学院工学系研究科教授

 今回の賞の選定にあたって、ディープラーニングを用いたビジネス事例が増え、その中から実際に売り上げや利益につながる事例がたくさん出てきていることは大変素晴らしいことだと思います。技術の導入期には、技術を使うことだけが注目されがちですが、事業の構造やボトルネックをきちんと把握し、大きな付加価値を生み出す事例が増えれば、さらに社会全体での活用が進んでいくものと期待します。

 今回大賞を受賞したキユーピーの事例は、食品という人手がかかる業界で、食の安全・安心にとって重要な原料の検査を自動で行おうというものです。ディープラーニングを用いたダイスポテトの検査装置がすでに現場で稼働しており、また導入される自社工場も増えています。

 また、他の食品メーカーから数多くの引き合いがあり、協調領域は業界全体でレベルを上げていくというコンセプトのもと、積極的に外販を進めています。食品業界は、人手を要する部分が大きく、また人手不足も深刻です。ディープラーニングによる自動化が進めば、苦しい状況を転じてグローバルに展開できる可能性につながり、日本の食品産業全体の大きな飛躍のチャンスにつながると考えられます。

 人手不足などのマイナス要因を技術革新の原動力にし、日本の強みをグローバルに展開できるような産業全体の動きを作っていくことは、食品以外のさまざまな業界にも模範となる事例であると思います。その姿勢と努力に大きな敬意を表します。

■吉本豊・元経済産業省政策立案総括審議官

 初めてのコンテストにもかかわらず、多くのクオリティーの高い応募があったことはディープラーニングがいよいよ広く産業応用の段階に入ったことを実感させました。一方、せっかくのアイデアであっても経済的なインパクトの具体性に欠けるものも多く、来年以降の課題・期待とする声が大半の審査員共通の感想でした。

 選定にあたり、特に社会課題の解決、新たな分野へのチャレンジといった観点を重視しました。これらの観点から特筆したいのがユニファです。幼児教育と保育の充実は国民的な課題であることは言をまちません。一方、現場における人手不足の解消、労働環境の改善を、年々高まる品質の向上要請と両立させることは極めて緊急性の高い社会課題の一つです。

 ユニファは、これまでも保育の現場目線のユニークな発想でIoT技術の導入をうまく図ってきた実績のある企業です。今回、その経験をベースに現場目線はそのままに、いよいよディープラーニングの導入により、またしても現場負担の改善とサービスの質向上の両立を具体的に図ってみせました。

 写真の分類は最もディープラーニングが得意とするものであり、他分野でも応用例が簡単に見られるものかもしれません。しかし、古来、使い勝手が良く広がるのは“枯れた技術”であることが多いものです。

 日本全国に広がる3万を超える幼児教育、保育機関の現場への応用を考えると、また、それにより改善される現場負担を考えると、経済的インパクトですら、決して過小評価すべきではない、というのが審査員一同の一致した意見でした。今後、さらなる発展が期待されます。

■井﨑武士・エヌビディアエンタープライズ事業部事業部長

 昨今、ディープラーニングやAIのコンテスト、コンペティションは枚挙にいとまがありません。ただその多くが研究やPoC段階のものが多い。新たな技術は実社会で活用され、その恩恵を得て初めてその真価が問われると信じます。その意味でビジネスの売り上げや社会的・産業的インパクトを第1のポイントに置いた本アワードは価値あるものだと思います。数多くの高品質な応募内容に審査員一同頭を悩ましたが、蓋を開けると案外皆の意見が一致していたのは、選考ポイントが明確であったからでしょう。

 その中で目を引いたのが、AnyTechの水質判定AI「DeepLiquid」でした。リリースから4カ月で売り上げ1億円という収益性や水処理監視員を10人から2人に削減した実績面だけでなく、その応用範囲の広さが興味深いです。静止画ではなく動画を用いて、水面の揺らぎや泡の伸縮挙動に合わせた解析モジュールを持つリアルタイム分析アルゴリズムは、単純な水質判定のみならず、飲食チェーンにおける唐揚げの揚がり具合の見極めや、化学メーカーの微生物の分析、飲食店の食品鮮度の検出などにも応用可能といい、その経済的価値は高く、今後のビジネス活用の広がりが楽しみな技術でした。

楽天市場の商品タイトル翻訳機能も

■石角友愛・パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー

 優秀賞の楽天は、ファンコミュニティを活用したコーパスデータ作りが面白く、最新のSequence-to-Sequenceモデルで字幕自動生成を行い、多展開が可能な極めて応用性が高いAI(人工知能)開発だと思いました。多言語に翻訳されることで、動画配信サービスで2.5倍の時間を視聴に費やすことが分かり、視聴者のエンゲージメントを高めるという結果につながった点も評価できます。広告ビジネスとして5%の増益につなげたことで、翻訳作業の省人化やコンテンツ投入のリードタイム削減だけではなく、会社の成長戦略としての大きな収益モデルになり得ます。楽天市場への商品タイトルのマルチモーダル翻訳などに適応されていることなどから将来性も期待でき、単なるPoC(概念実証)ではなくビジネスの結果を出し、次に生かす応用性の高いAIとして良い事例です。

 他にもAnyTechの水質判定のAIなど、グローバル市場かつ横断的な業界に導入可能なAI開発で発展性が高いと感じました。 大賞、優秀賞、そして特別賞をとった全てのチームがどれも具体的な課題解決のためにAIを導入し、ビジネスとして結果を出しているため今後もこれを機会に大きな発展をしてほしいと思います。おめでとうございます。

■進藤智則・日経Robotics 編集長

 応募プロジェクトでは基本的に社内利用の事例が多かったが、異色だったのは大賞のキユーピーの事例。自社工場での利用にとどまらず、他社への外販にも既に乗り出しています。AIスタートアップであれば技術を外販するのは当然ですが、キユーピーの本業は食品製造。AIが専業ではないユーザー企業が、自社内での成果を基にAI技術を提供する「ベンダー」側に回る動きは今、キユーピーに限らず他業界でも起きています。例えば、自動車部品メーカーの武蔵精密工業も自社内でのディープラーニング活用実績を基に、同技術の外販に乗り出しています。古くは、情報システム(IT)の世界でも金融や鉄鋼といったITのユーザー企業が自社のノウハウを基にシステム構築事業に乗り出していく動きがありました。ディープラーニング技術についても、いずれは「ユーザー発」の大きなベンダーが出現するのかもしれないと実感させられました。

 ロボット技術との関連では、優秀賞の荏原環境プラントのようにディープラーニングでの認識結果を実際の物理的なシステムのアクチュエーションにまで結び付けている事例は珍しい。今後、ディープラーニング技術とロボット技術のさらなる融合事例に期待したいです。

■吾妻拓・日経クロストレンド編集長

 原材料の異常検知、プラントの運転自動化、動画による水質判定や多言語翻訳、子供の写真分類……。ディープラーニング活用の多様な可能性が感じられるアワードとなりました。

 マーケティング分野では、プラグの「パッケージデザインの好意度スコアを予測するAIサービス」が特別賞を受賞しました。同社は、商品のパッケージデザインの好意度を数分、数万円で予測できるモデルをディープラーニングで開発しました。

 費用面から事前調査できなかった中小メーカーでもデザイン評価が可能になり、市場を大きく広げる取り組みとして評価できます。学習データには、5年間で蓄積した4115商品、延べ411万5000人の消費者調査データを活用。好意度にはブランド認知度も影響することを考慮し、Yahoo! JAPANの検索数も加えた点がユニークです。

 社内でAIを勉強して開発したとのことで、多くの企業の励みとなるでしょう。消費者調査も継続しており、データ増量によるモデル改善も続けています。今後は東京大学大学院情報理工学系研究科の山崎俊彦准教授との共同開発で、デザインの好意度評価だけでなく、デザインのどこをブラッシュアップすべきかが分かるようにするとのこと。さらなる発展が楽しみです。

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